豊岡 ― 子龍の原点 | 森田子龍森田子龍、本名・清は、1912年、現在の豊岡市上陰地区に生まれました。
地元の小学校・旧制中学校を経て、神戸で現代書道の父といわれる比田井天来の弟子、上田桑鳩と出会います。桑鳩の勧めを受けて1937年に上京し、師として仰ぎながら書道誌の編集に携わり、書家としても次第に頭角を現していきました。
しかし1944年、戦況の悪化により、子龍は疎開のため故郷・豊岡へ戻ります。
戦後の混乱のなか、子龍は豊岡の有志や同級生から寄せられた精神的・経済的な支援に幾度となく助けられたことを、後年、深い感謝とともに振り返っています。
一方で子龍自身も、地域の学生たちに書を教え、書道塾を開くなど、豊岡の人々との交流を深めていきました。ここで生まれた教え子たちとのつながりは、のちに世界的な前衛書家となってからも途絶えることはありませんでした。
子龍にとって豊岡は単なる生まれ故郷ではなく、戦後、新しい書へと歩み始める彼を支え、その思想と実践を育んだ場所でもあったのです。子龍の母校である五荘小学校には、いまもその書を刻んだ石碑が、静かに遺されています。 この言語の音声はまだありません
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