子龍は、生涯にわたって何度も「圓」という文字を書きました。
一見すると、大きな円を描いた抽象絵画のようにも見えます。しかし子龍にとって、「円を描くこと」と「圓という文字を書くこと」は、まったく異なるものでした。
画家が、頭の中に思い描いた円のイメージを画面に描くのに対して、子龍は、文字はもっと深く身体の中に入っている、と考えていました。
「動けばひとりでに文字になる。」
形を計算して描くのではなく、身体の内から湧き上がるものが、そのまま筆の動きとなり、一回きりの形となって現れる。
だから、同じ「圓」を何度書いても、同じ作品にはなりません。
子龍は、書くときの精神状態も、身体の状態も、周囲の状況も二度と同じにはならない、と語っています。その時、その場所で生きている自分自身が違えば、そこから生まれる「圓」もまた違うのです。
子龍はこのことを、生涯にわたって数え切れないほどの「達磨の図」を描き続けた江戸時代の禅僧・白隠(はくいん)になぞらえています。
子龍にとって、歳月を重ねて「圓」を書き続けることは、彼自身の「境地の深まり(人間としての成長)」の軌跡をそのまま紙上に定着させていくプロセスそのものでした。 この言語の音声はまだありません
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作品《圓》 | 森田子龍