1963年、子龍はニューヨークのMi Chou Galleryで、自身初めてとなる海外個展を開催しました。 ここに展示しているのは、その際に制作されたカタログです。 会場には33点の作品が並び、日本の文字を知らない観客にも理解できるよう、それぞれの作品について、もとになった漢字、その読み、そして意味が英語で紹介されました。 一方で、カタログに掲載された自身の文章のなかで、子龍はこう主張しています。 「書を単純に “Japanese calligraphy” と訳すのは正しくない。」 子龍がニューヨークで見せようとしたのは、文字を美しく書く技術ではなく、「Sho」という独自の現代芸術でした。 個展の開催中、子龍は現地の前衛芸術家たちが集う「アーチスト・クラブ」に招かれ、講演と、のちに伝説的な公開揮毫として語られる実演を行いました。本会場に掲示している写真はその様子を捉えたものです。 大きな紙を床に広げ、巨大な筆を手に、全身を使って書く。その姿は、まるで踊るようだったと記録されています。 実演のクライマックスに書いたのが、《龍知龍》――「龍は龍を知る」。 同じ境地に達した者だけが、互いの価値を知ることができる、という意味をもつ言葉です。 その圧倒的な集中と身体の動きは、ニューヨークの観客や批評家たちに強い印象を残しました。そして、当時盛んだったアクション・ペインティングと一見似ていながら、その根底には長い鍛錬と精神の集中があることも、鋭く指摘されています。 子龍は、書における動きを「一貫した一回きりの一つの動き」と表現しました。やり直しのきかない一回性の動きに、内なる生命の躍動がそのまま形となって現れる―。そして子龍はそれを、決して後戻りしたりやり直したりすることができない人生になぞらえました。ニューヨークで、抽象絵画とは異なる「Sho」の本質と独自性を圧倒的なパフォーマンスで示したのです。